「スポットライト・世紀のスクープ」のあらすじ・感想。宗教の恐ろしさと人間の醜さ

映画レビュー
出典:映画.com

「スポットライト・世紀のスクープ」あらすじ

アメリカのロンドンの新聞記者たちが、カトリック教会に昔から潜む児童性虐待の実態を暴くまでの長い道のりを描いた事実に基づいた社会派映画です。

この作品は第88回アカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞した名作とも言われており、キャストの重厚感のある演技は見る人を惹きこみます。

キリスト教の問題は日本人にとってはあまりなじみのあるものではありませんが、多くの人がキリスト教でもあるアメリカでは話題を呼びました。

信仰と倫理とは、宗教の恐ろしさと人間の醜さを生々しく描いた部分もあり、キリスト教のことを知らない人にとっても考えさせられる作品だと思います。

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「スポットライト・世紀のスクープ」登場人物・キャスト

マイク・レゼンデス:マーク・ラファロ

ウォルター・ロビンソン:マイケル・キートン

サーシャ・ファイファー:レイチェル・マクアダムス

マーティ・バロン:リーブ・シュレイバー

ベン・ブラッドリー・Jr:ジョン・スラッテリー

マット・キャロル:ブライアン・ダーシー・ジェームス

監督:トム・マッカーシ

製作:マイケル・シュガー

スティーブ・ゴリン

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「スポットライト・世紀のスクープ」ネタばれあり・感想

ポイント1:新聞記者の真実を追求しようとする熱意に感動

この作品のメインとなる舞台の新聞記者たちがいる部門「スポットライト」はたった4人からなる地元紙の小さなコーナーを担当しています。

新しい編集長が来たことで、事態は大きく変わります。

それまで地元に起きた小さな事件を担当していた彼らは、編集長の一声で数年前に起きたカトリック教会の神父による児童性虐待の真実を追求することになります。

最初は、古い事件をもう一度ただ洗い直すだけのように感じていた彼らでしたが、調べていくうちに何かがおかしいと気付き始めるのです。

担当した弁護士、罪を犯した神父の行方、その地域の神父を束ねる枢機卿の存在など、調べれば調べるほど違和感が増していくのです。

彼らは性虐待にあった被害者の聞き込みを始めます。

被害者はすでに大人になってそれぞれの生活をしているのですが、心に深い傷はいくつになっても消えるものではなく、新聞記者たちは事件の深刻さを感じ始めます。

罪を犯した神父たちはみな「病気休暇」や「移動」など都合のいい理由をつけて、罪をうやむやにしたまま罪を償うことなく生きている事実も判明します。

そして、このカトリック教会の児童性虐待の問題はロンドンだけではなく、全世界のカトリック教会に根付く問題で、神父たちの多くが常習的に虐待をしており、それに対して違和感も罪悪感も持っていないことがわかるのです。

事の重大さに気付き、なんとか事実を暴こうとしますが、問題を隠そうとするカトリック教会の組織に阻まれ、思うように運びません。

その間には2011年の同時多発テロ事件も起き、途中で調査は中断せざるを得なくなるのですが、決して諦めず真実を追求し続ける記者たちの働きにより、ようやく決定的な証拠をつかみ、記事を公表するに至ったのです。

しかし、彼らの暮らす地域は熱心なカトリック信者が多く暮らすエリア。

新聞記事を読んだ住人がどのような反応をするかが気がかりな部分でもあり「スポットライト」の記者たちは不安な気持ちを抱え、抗議の電話に備えていました。

しかし、事実は真逆で、寄せられた電話は記事に反発するものではなく、「自分も被害者である」と長年抱えてきた苦しみを打ち明ける人たちの数えきれないほどの声でした。

このことがきっかけになり、全世界のカトリック教会で調査が行われ、多くの神父たちが犯していた罪が明るみに出ることになったという世界を変えることになったのです。

カトリック教会といういわば、神聖でまっさらなイメージのあるものの中に根付いている真っ黒な罪。

それを本来なら明るみに出し、正直に罪を償えと教えるはずの神父たちが隠し続ける実態。

暴くことは決して容易なことではありません。

しかし「スポットライト」のメンバーは誰も諦めないのです。

自分たちが見つけた事実が言葉に表せないほど卑劣で、人の弱みに漬け込んだものであることを知り、どんなに達成困難な状況でもひたむきに熱心に向き合い続けるのです。

特にマーク・ラファロ演じるマイクがクリスマスに教会でクリスマスキャロルを歌う子どもたちをうるんだ瞳で見つめるシーンは、その表情から子どもたちを思う気持ちと、罪を犯した者が平然とのさばる世の中に対する怒りと、それを暴くことができないことに対する絶望すべてがあります。

新聞記事を一人の人間として描いており、真実や卑劣な事実に対する各々の反応が、それぞれの俳優によってしっかり演じられていることにもこの作品の重みを感じました。

ポイント2:宗教の光と闇を知る

この児童性虐待の被害者となった子どもたちは貧しい家庭に生まれて生活に困っているという状況が多く、すがるものを求めて教会にやってくるのです。

しかし、その中で彼らの何かにすがりたいという気持ちを逆手に取った神父たちに虐待されてしまうのですが、それを知っても彼らの親は神父を弾劾することができないのです。

なぜなら彼らは弱者であり、どんなに彼らが発言しようと世の中は耳を傾けることはしません。

神父の言うことばと社会的弱者が言うこと、世論がどちらを信じるかは火を見るよりも明らかです。

宗教が弱者を救うためにあると豪語する中で起きるこういった問題の闇は深く、人の信じる心を裏切る行為です。ただ、信仰は個人の自由とされていると、本来なら弾劾され、罪を償わなけらばならないようなこともないがしろにされてしまうのです。

弱者に漬け込む宗教の闇には怒りを感じると共に、何かにすがりたいと思う弱者の心に寄り添える社会がないことへの悲しみが湧いてきます。

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「スポットライト・世紀のスクープ」まとめ

私自身、幼い頃両親に連れられて教会に通っていました。

しかし、その教会の牧師も信徒の金を「献金」という形で手に入れて私利私欲のために使うような人でした。

私の家族は決して豊かな家柄ではありませんでしたし、社会的に見れば決して勝ち組でもありません。

やはり何かにすがる「宗教」が必要だったのです。

結局、私はその教会を離れ今は全く違う生活を送ることができていますが、今もその教会は存在し、牧師は同じことを繰り返しています。

でも、誰も罪に問わないのです。牧師は罪を償うこともなく、人が汗水流して働いたお金で悠々と生きているのです。

日本はキリスト教が浸透していないですし、キリスト教といえばなんだか神聖なもの。

のように考えられがちですが、実際はこの映画と同じように人の信仰心につけこんだ犯罪が横行しているのです。

そして、それを暴こうとする人はおらず、結局泣き寝入りするしかない現状があるのです。

この映画を観て、どうか日本でも「スポットライト」のようなチームのように、キリスト教会に潜む腐った実情を暴いて欲しいと思いました。

私はそのような影響力や力はありませんが、誰かいつか、宗教の闇をしっかり世の中にさらして欲しいと願ってやみません。

キリスト教が根付くアメリカでも事実を暴くのには何年もの年月がかかりました。

だとすれば、日本でもしそれを暴こうとすると一体どのぐらいの時間がかかるのか分かりませんが、キリスト教に限らず多くの宗教で同じようなことは起きているのではないかとも考えられます。

人の信じる気持ちを利用する宗教の罪は大きいです。

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